映画『雌鶏』世界初ニワトリが主役の映画。お転婆めんどりの大冒険。恋と産卵。ニワトリ目線の異色作です。

映画

映画が始まると白いモコモコしたものがスクリーンいっぱいに映し出され、少しづつ引いていくと、それはニワトリのお尻で、まさかの産卵シーンから始まります。
産まれてすぐの卵は濡れていて、檻からベルトコンベアーに落ち、コロコロ転がっていきます。その数は次第に増えて、卵が数珠つなぎ状態に。まるで工場でつくられた製品のようです。
大量の孵卵器からかえったヒヨコもさらに大量ぎゅうぎゅう詰めで、これもまるで工業製品のようです。

でも、これは別にニワトリの人工的技術の是非を問う映画ではありません。

ハンガリーのパールフィ・ジョルジ監督による、ギリシャを舞台にした、ニワトリが人間世界で幸せを求めて闘う映画であり、雌鶏の視点から人間の理不尽さを描いた映画です。セリフは一切無く、心情を表現する字幕も無いのだけど、まん丸の目をした表情のアップや音楽で不思議と気持ちが伝わる仕掛けになっています。

たまたま黒い外見に生まれた主人公の雌鶏を、8羽の雌鶏が得意分野で演じています。トレーニングされたニワトリのようで、餌をついばんだり、目を丸くしたり、片足をあげたり、走ったり、クビをかしげたり、演技力はさすがです。

養鶏場で生まれ、一緒に育った仲間たちは出荷用トラックに積まれたのに、黒い雌鶏は規格外とされ、「スープにしよう」とトラックの助手席に乗せられます。
運転手がガソリンスタンドに寄りトイレに行った瞬間、好奇心旺盛でお転婆な彼女は窓から大ジャンプをきめ、夢中でハトの餌をついばんでいると、運転手は気付かすトラックを出発させてしまいます。

偶然自由を手に入れますが、すぐにキツネに追われ、車に引かれそうになり、デモ隊に巻き込まれて踏み潰されそうになり、犬にくわえられて、おじいさんの家にやってきます。

雌鶏はおじいさんの家で様々なことを経験します。

おじいさんの娘の彼氏は不法移民を運ぶブローカーをしていて、家にはガラの悪い男たちが出入りしています。

雌鶏はニワトリ小屋に入れられますが、早速先住ニワトリのいじめに遭います。すぐに雄鶏に見初められて卵を産むようになりますが、毎朝卵を取られることに我慢できず、脱出しようと逃げ道を探します。
努力の甲斐あって脱出に成功し、なぜかトラックの屋根の換気口で卵を産みます。もちろん卵を抱き温めますが、そのことが換気扇を止めていることに誰も気付きません。

トラックは走り出して、港から大勢の移民たちを乗せて家に戻ってくると、全員窒息で息絶えていました。ブローカーたちは証拠隠滅のためガソリンをまき、トラックごと焼いてしまいます。

なんて無常なのでしょうか。

トラックの換気扇にいた雌鶏は火傷を負い、息絶え絶えになってしまいます。おじいさんは雌鶏の傷に薬を塗り看病します。

二人の間に家族の絆のようなものが芽生えます。ただこれは孤独を感じているおじいさんの気持ちで、雌鶏はただ生きて子孫繁栄だけを考えています。
雌鶏はただの家畜からペットの地位に昇格しますが、卵は毎日おじいさんに取られて朝食のオムレツにされ、結局おじいさんの庭にとどまっています。

最初のお相手(無理やり迫ったように見えたのですが、彼女の気持ちはどうだったのでしょう?)の雄鶏は不慮の事故で亡くなると鍋にされてしまい、雌鶏はその現実を知ります。と、これもおじいさんの気持ちで、目の前のチキンが恋人の雄鶏だとは知る由がありません。

やがて二度目の恋をします。お相手は超イケメンの雄鶏で、雌鶏は積極的にアプローチし、恋は成就します。

おじいさんは平穏な日々を過ごしていますが、悪事を働く娘の彼氏に我慢できず、警察に通報してやります。やがて警察が来て銃撃戦に。
人間はいなくなり、雌鶏は子どもたちと一緒に生活を送れるようになるという予想外の結末になります。

映画の冒頭で「露の世は露の世ながらさりながら」という小林一茶の句が出てきます。
この世の無常をよんだ句だそうです。

あぁ、諸行無常の響きありです。

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#雌鶏 #めんどり #ニワトリ #パールフィ・ジョルジ監督