8月上旬の暑い中、上野まで「江戸大奥」展と、東京駅で「藤田嗣治」展を見てきました。
他の美術館に置かれていた江戸大奥展のチラシが美しく、どうしても見たかったのです。
江戸時代は徳川将軍家を描いてはいけなかったため、残されている浮世絵はほとんどが明治時代に描かれたものでした。
比較的新しいので、どの絵も鮮やかで美しいです。女性たちの着ている着物の柄も丁寧に細かく描かれています。
大奥の史料はほとんど無く、江戸城に出入りする武士ですら入れない、庶民からみたら完全に閉ざされた世界でした。
江戸幕府が終わり明治時代になると、明治政府による調査があり、それで徐々に大奥の暮らしが知られるようになったそうです。
大奥というと、御鈴廊下のイメージが強いかと思います。
大奥の映画やドラマでは必ずといっていいくらい、廊下の両脇に打ち掛けを着た美女たちが並び、真ん中を通る将軍は今夜のお相手を選ぶというシーンです。
あれは全くの嘘だそうです。
そうだったのですか。側室選び放題だと思っていました。
図録に書かれていた特別寄稿を読むと、まず物理的に難しいそうです。
御鈴廊下の実際の幅は一間半(約270センチ)。その幅に打ち掛けの裾を広げた女性たちが座られたら手狭で歩けないだろうと書かれています。
それから礼儀作法に反するので有り得ないそうです。
廊下とはいえ畳なので、将軍が畳の縁をまたいで歩くのは危険というのも理由の1つです。畳と畳の間から刀を突き立て殺されるおそれがあったそうです。
でもまたここで疑問が。江戸城の将軍の歩く畳は縁が無かったのでしょうか。この点については記載が無く謎です。
展示室は4つのテーマに分かれています。
第1章 あこがれの大奥
大奥はセレブの世界であり、大奥に入り女中として出世し、将軍の側室になることを夢見ていた市中の若い娘も結構いたそうです。
どの絵も色鮮やかで華やかな生活が描かれています。女中の出世を双六で表した絵もあります。
第2章 大奥の誕生と構造
女中の中のトップ「御年寄」は権力を持ちますが、大奥の情報を外に漏らさないように、生涯結婚せず一生を江戸城内で暮らしました。
恋愛の気持ちを抑えていたのでしょうか。「絵島生島事件」というのも仕方ないような気がします。
第3章 ゆかりの品々は語る
天璋院(篤姫)と静寛院宮(和宮)の持ち物の展示です。
将軍の妻妾は世継ぎを産み育てなければならないという、プレッシャーを常に抱えていたそうです。
第4章 大奥のくらし
展示してある着物や帯は刺繍がほどこされ絵柄も美しく、構図も大胆で、どれもこれも絵画のようです。
婚礼調度や和宮の宝物が展示されています。私が一番気に入ったのが、篤姫所有の薩摩切子雛道具というミニチュアサイズのガラス製品です。
とても手の込んだもので、本当に可愛い品々です。
NHKドラマ「大奥」で実際に俳優たちが着た衣装が展示されていました。
ここは写真OKなので、いくつか写メを撮りました。

↑左から徳川家光役堀田真由さん衣装、徳川綱吉役仲里依紗さん衣装、徳川吉宗役富永愛さん衣装
下は江戸時代19世紀の着物です。

↑左から打掛黒繻子地注連縄海老模様、小忌衣浅葱天鵞絾地菊水模様、振袖水浅葱繻子地枝垂桜模様
ここ、漢字が出なくて苦労しました。読み方がわかりません。
続いて東京ステーションギャラリーで「藤田嗣治絵画と写真」展を鑑賞しました。
この方は絵画のほか、海外旅行先でたくさんの景色や人々の写真を残していました。
おかっぱ頭に丸メガネとちょび髭姿のセルフポートレートも、時代を全く感じさせません。
1925年~29年頃の写真です。

腰とももに手を当てた写真は、袖が膨らんだシャツが、とてもおしゃれです。
上野も東京駅も暑くて人が多くて疲れて帰宅したのですが、次の日38.9度の熱が出てしまい、病院に行ったところコロナに感染していました。
急に熱が上がり喉が痛くなり、その後しばらく咳が止まりませんでした。皆さん、人が多い所はくれぐれも注意してください。
海外からの旅行者も多く、旅先で感染してしまったら、大変だろうなって考えてしまいました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
応援クリックしていただけると励みになります。

にほんブログ村
#江戸大奥展 #東京国立博物館 #大奥 #東京ステーションギャラリー #藤田嗣治絵画と写真展 #藤田嗣治 #コロナ感染